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札幌高等裁判所 昭和56年(ラ)41号 決定

抗告人(本案事件被告)

株式会社青木建設

右代表者

青木宏悦

右代理人

五十嵐力

相手方(本案事件原告)

第一貨物工業株式会社

右代表者

清水隆詔

右代理人

村上英二

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨は、「原決定を取消す。本件(本案事件)を東京地方裁判所に移送する。」との裁判を求めるというにあり、その理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。

二そこで判断するに、当裁判所も抗告人の本件移送申立を失当として却下すべきものと判断する。その理由は、原決定の理由説示と同一であるのでこれを引用する。

判旨なお抗告人は、相手方が本案事件で支払請求している売掛代金債権が架空のものであつて、その義務履行地の裁判籍が存在しないから、本案事件は原裁判所の管轄に属しない旨主張するが、一件記録と当裁判所の審尋の結果によれば、右の義務履行地裁判籍の前提をなす右売掛代金債権の発生原因については、これを一応証明するだけの証拠資料が存在することが認められ、かつこの点の本案訴訟における審理を経ての立証の成否はともかくとして、少なくとも右管轄の原因については、右の一応の証明があることをもつてこれを肯定するのが相当であるから、抗告人の右主張は採用の限りではない。

よつて抗告人の本件移送申立を却下した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(安達昌彦 藤井一男 喜如嘉貢)

〔抗告理由書〕

一 原審において、抗告人は答弁書で移送申立の根本的理由として、原決定理由一別紙記載のとおり「請求原因として相手方が主張する売掛代金債権は明らかに仮空の債権であるから御庁の管轄に属せず」よつて「申立人の主たる営業所所在地の裁判所に移送を求める」と申立て、その論拠として後記判例・文献を引用し、以来一貫して右相手方の管轄権主張の基礎である右債権発生原因事実の証明が無いことを要旨次のとおり立証したのである。

二1 相手方は提訴以来、原裁判所の再三再四にわたる釈明にも拘らず六回の弁論を経ても、終に抗告人に対する請求原因記載の(仮空)債権の発生原因事実(傍点を施した部分に御留意願いたい)について、具体的主張も、いわんや立証も不能の有様である。(原審答弁書求釈明事項相手方の準備書面、甲第一乃至五号証その他全申立御参照)

けだし仮空債権の主張立証は、いくら時間をかけても永久にできない相談である。

2 抗告人には右以上に立証の責任はないが、却つて、原審答弁書及び第一乃至第五準備書面で繰返し述べたとおり、右甲号証及び乙第一二号証によれば、相手方主張の債権とは相手方の訴外高昭建設こと高橋昭忠に対する売掛債権以外の何物でもなく、抗告人に対しては所詮仮空の債権であることを推察してあまりあるにおいておや。

三1 ところが右管轄違の申立に対し、原決定は理由二で単に相手方の請求原因主張の要旨をかかげ理由三冒頭で「ところで受訴裁判所は、民事訴訟法五条により、本件につき管轄権を有すると解される。」と述べたに留り、抗告人の前二項の主張立証について全く判断されておらない。

これは原裁判所が「原告ガ或地ヲ義務ノ履行地ナリト主張スル一事ヲ以テ直チニ其ノ地ヲ指シテ同条ニ所謂義務ヲ履行ス可キ地ト為スコト」に外ならず「(そのように)為スコトヲ得ズ」との大審院大正一一年四月六日判決民事判例集一巻一六九頁の判例に全く違背する。

2 のみならず、菊井・村松全訂民事訴訟法Ⅰ一三九頁等にも記載されている実務上の取扱いによれば、本件のように、原告の管轄主張の基礎である請求債権の発生原因等が争われたときは、裁判所は原告に対し、その立証を促し、一応の証明があつたときは本案と平行して審理すべきであるし、若し一応の証明も無く又は前記による本案と平行審理中に一応の証明が無くなつたときは直ちに被告本来の管轄裁判所(本件では前記裁判所)に移送の決定をすべきであるとされているのである。換言すれば民訴法二八条管轄原因調査には「本件売買の存否―につき十分な心証を得る(原決定理由三)」ことまで要しないと考える。「被告が管轄を争えば、原告が管轄の存在を立証すべきであるのに、それを十分しない―結果、証明がないことによる不利益を原告が受けてもやむをえない(前掲書一四〇頁)」のである。

然るに原裁判所が原告(相手方)の前記証明が全くない(第二項御参照)のに、その点について何らの判断も示さず、抗告人の移送申立を却下されたのは、民訴法五条同二八条同三〇条一項等の解釈・適用を誤り、ひいて判断遺脱、理由不備の違法ありといわざるをえないのである。(この場合も民訴法三三条文理及び目的解釈からも即時抗告出来ると解すべきである。前掲書一六三頁東京高決昭和四一年二月一日下民集一七巻一・二号五九頁仙台高秋田支決昭和四七年九月六日下民集二三巻九―一二号四六五頁等御参照)

四 以上の理由により原決定を取消し東京移送を求めるため本抗告に及んだ次第である。

五 (補足)1 主張のみで管轄原因を認めるときは、怪しげな債権に仮託して遠隔裁判所に提訴し応訴困難につけこみ非理を図るような不当訴訟を助長することになり、著しく正義・衡平に反し社会観念からも到底是認しがたいものがある。

民訴法五条の立法が疑問視され制限的な解釈・運用を相当とされている所以と考える。

2 なぜ相手方の前記高昭建設に対する債権が抗告人に対する債権に変身するのか?理不尽にもほどがある。その法律要件事実の主張、即ち証拠調(証明)の対象がなければ証拠調の余地もあるべき筈が無いから相手方の証拠調のための「(民訴法三一条の)損害又ハ遅滞」も生ずる由が無い。

3 裁判所からも終始強くその点の釈明を促されながら、いつまで待つても、相手方が抗告人に対する債権発生原因の主張が出来ない(勿論主張が出来ないのに立証ができるわけがない)のは洵に遺憾で、特に遠隔の抗告人にとつて迷惑至極である。(毎回の出頭だけでも多大の時間的経済的損失を伴う。)その意味からも、右の主張不能は管轄原因の立証不能と推認するに足るとして移送することが正義衡平にかなうと思料するものである。

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